錦糸町昼間立ち飲み 「丸源新店 」 ボンクラ座礁酒場

6月 24, 2014 No Comments by

どうもこの梅雨時期というのはボンクラ度がイマイチ上がらぬ季節である。ボンクラというものは気候のメリハリがハッキリとあるような時期の方がエッジが立つのか知らんが、ジメジメした時期には相性が良くないようなのだ。まぁ脳天気っつー言葉もあるわけで、近しい辺りで根本は陽性のものなのかもしんない。

それはともかく、この下がってしまったボンクラ度を上げるべくとなると、昨年と同じく昼間飲み、つーことになるわけである。夜飲みになるとヘビーになっちゃうのでお気楽にねって辺りでね。
で、問題は場所になるわけだが、極力居住地に近い場所でどうにかしてみようってことで、チョイスしたのは錦糸町である。というか、ココしかなかったんです。

ということで、まずは毎度お馴染みな感じで、マクラとして錦糸町の飲み屋街の成立過程ってのをサクッと流していくことにしよう。
1900年頃の錦糸町
この墨東の地(墨田区、江東区の内陸部)が行楽地であったということは、こっちそっちのように何度かふらているわけなんだけど、明治中頃からその都合よく開いていた土地にドシドシと工場が進出してくることになる。低地なんで工場で使う地下水が豊富ってのもあるが、なにしろ大消費地の東京の端なわけだからね。
なお、上の地図をみると分かるが明治の頃の駅名は「本所」。「錦糸町」になるのは大正になってからだ。
墨東の工場
この工業地帯化ってのが、この土地の性格を決定付けたと言っちゃってイイ。それは、ブルーカラーが住む街、といった辺りで、これは工場が移転してしまった今でも基本はこっからハズレていなかったりする。亀戸事件、さらにそれに続く東洋モスリン(現在の亀戸九丁目辺りにあった)での労働争議など、現在の共産党(忘れてしまいがちだが、一応今も労働者の党らしい)の源流も実はこの墨東の地だったりするのだ。
江東楽天地落成
明治23年(1890年)に日本最初の鉄道車両基地が作られ(それまでは基本輸入)、名目共に墨東の中心に位置する錦糸町に目を付けたのが、阪急グループの創業者・小林一三。ブルーカラーも近場で遊びたいはずだと、各種レジャー施設が集まった遊興の殿堂・江東楽天地を建設(昭和12年完成)。錦糸町は小浅草と言われるような歓楽街としても発展して行くことになるのである。上は落成時の写真なんだが、ベティー嬢とネズミ親方が居るね。まぁ鉄板許可取ってないな。須田町食堂があるのにも注目。
焼け野原となった両国付近
が、それも先の大戦でワヤになってしまう。軍事物資を製造・供給する工業地帯ってことで念入りな爆撃を受けて、墨東一帯はズンベラボーの焼け野原になっちゃうのである。
昭和28年頃の江東楽天地
しかし、錦糸町の復活は早かった。闇市としてなんだけど。千葉方面、そして海からの物資(食い物)を受け入れる打って付けの集積地として、東京の東側最大の闇市になっちゃうのだ。終戦の次の年の終わりには駅を中心とする街路沿いに400近いバラックが立ち並んでいたというから凄まじいもんである。楽天地もこの闇市全盛の勢いに乗っかるカタチで早々に復活している。
昭和40年代のダービー通り
その後、楽天地がビシビシと牽引する形で錦糸町駅周りの賑やかさは増していく。昭和25年(1950年)に場外馬券場(現在のウインズ錦糸町)を誘致した後、時代は朝鮮特需~高度成長期へと突入。働けば働くほど金の入ってくるブルーカラー諸君の財布の紐も緩くなり、彼らが撒く金で錦糸町の遊興街としての地位は戦前以上にガチガチになっていくのである。
昭和22年の錦糸町駅前
さて、こうしてブルーカラーの遊興街として揺るぎない地位を築いた錦糸町だが、発展すれば発展するほど、駅前のゴチャゴチャ~闇市からのバラック街(基本飲み屋)が足を引っ張るようになってしまう。再開発出来ないんである。この辺は他の場所(有楽町)とかでも散々ふれた話だ。上の写真は昭和22年(1947年)の航空写真なんだけど、現在の駅前バスロータリーと広場になっている辺りがバラックで埋まっているのが分かるかと思う。楽天地の京葉道路側も同じくだ。今駅ビルの辺りもゴチャっとしてる。どうも、この辺りの駅前バラック商店はまとめてアマカラ(甘辛)横丁と呼ばれていたようだ。いろんな味の店があるよっつーことだろう。
錦糸町には戦後早い内から東武亀戸線がもう一つ伸びてくる、押上から京成線が伸びてくる(現在の半蔵門線乗り入れで実現)なんて話もあったんだそうだが、どうも闇市から続くココの横丁住人達の反対運動によって立ち消えになっちゃったらしい。実は錦糸町は東京の東側の新宿になるチャンスがあったんだけど、闇市によってコケちゃったのである。復興の立役者が今度は~ってわけだ。皮肉っちゃー皮肉。
昭和38年頃の錦糸町駅前
ここで怒りの役人連も再開発に本腰を入れることになり、昭和32年(1957年)までにバラック街を整理。そして、昭和38年(1963年)までに区画整理も完了させる。上の写真はその年のもの。現在の駅前とほぼ同じ感じに変わっているのがわかると思う。
ちなみに、このころ錦糸町駅の北側には名前の由来となった“錦糸堀(岸堀)”があり、さらに国鉄用地なんかもかなり広くあり、大きく再開発の手が入るのは昭和50年代に入ってからである。
昭和38年頃のダービー通り周辺
では、整理されてしまった闇市住民達はどこにいってしまったのかというと、役人サイドも完全に冷淡だったわけではなく、都電の車両基地(現在のマルイ)の裏にある都有地を代替え地として用意し、住民たちの一部はここに移転することになるのである。
これが現在もウインズを繋ぐカタチで北側に飲み屋が並んでいるダービー通りなのだ。ウインズに付属して出来たものかと思ってしまうんだけど、実は闇市直系なのだね。というか、闇市が基礎だったということでは、錦糸町の飲み屋は全部闇市の後継言ってもいいんだな。毎度おなじみな結論だったりするんだが。
その後、高度成長からバブルへとグランドキャバレーなんかもボンボコ出来て、錦糸町の酒色街っぷりはさらに極まって行くんだけど、地下水を使いきっての地盤沈下やらの環境問題もあり、近場の工場が段々と郊外へ移転。ついでに、戦後経済を支えてきたブルーカラー諸兄も徐々に引退していくと、流石にそっちにばかり金が流れるような時代は終焉と。
最近は隅田川の東側の区は程よい通勤圏であることを利用して、子育ての街とかに力を入れている事情もあり、現在の錦糸町はレジャー系の施設はそのままに比較的健全な方向での再開発が進んでいる、ってのはご存知の通り。といっても、周辺一の酒色街であるのは今も変わらないんだけどね。で、今回はその辺の地力を見てみようってわけ。

前置きも終わったので、とっとと飲みに行こう。と、なるんだけど、せっかくなので飲み屋街をうろついてからにしてみることにする。
ダービー通りの喫茶店
ウインズに向かう人並みに混じって、その奥のダービー通りに足を踏み入れると、いやー居るわ居るわベロベロのオッサン共が。でも、みんな楽しそうでイイ。酒屋の前で路上飲みするオッサンも居る。
驚いたのはその辺にある飲み屋が全て満杯であること。驚きつつ、そういった店の中を眺めていると、警備員のオッサン(ウインズが開く日は周辺に警備員が立つ)に「すごいだろう、何時も一杯なんだよ。うははははは」と何故か笑いながら話しかけられる。うはははって。街全体がテンション上がって、酩酊状態になってんのかな。当然、飲み屋の中ではテレビで競馬中継。
そこらの喫茶店も「競馬中継中」なんて看板が出されていて、競馬新聞持ったオッサンが出入りしている。ここら一帯は完全に競馬客仕様になってるんだな。
錦糸町・花壇街
オッサン共を見てこっちもテンションが上がったので、ついでにもう一つの飲み屋街である花壇街にも足の伸ばしてみることにする。
その場所は四ツ目通りを挟んでの向こう。錦糸堀公園(地元では三角公園と呼ばれている)の東側にある錦糸町ハイタウンという高層マンションの一階がそうなんである。ここは基本営業は夕方からのようで、開いてる店はなく、なんだか空気がドヨンとしている。ダービー通りと大違いだな。
昭和38年頃の花壇街
実はココも駅前バラック闇市の移転先だったんだそうだが、どういうわけか、それにプラスして新宿闇市からの移転組も混じっていたんだそうである。その辺が~なのかは知らないが、昔は飲み屋の女将や屋台(公園周りにあった)のオヤジが女性を紹介するといったような青線的な場所でもあったようだ。飲む、打つ、買うってわけだね。当然ながら、ビル化したのは昭和50年代に入ってからで、上の航空写真のような二階住居、下店舗という形式である。
今は、中華・東南アジア店が多くて、なんだか別の青線が後継者としてありそうな場所になってんだけどね。まぁ、スナック店員と飲食の店員がそっちってのはもう定番だけど。
錦糸町・花壇街内部
と、ウロウロとしてみたんだが、困ってしまったのは両飲み屋街には昼間立ち飲みができるような店が全然無いのだ。なんで、と思ったが、来てみて分かった。オッサン達はベロベロになるまで飲む。そして、結構年配者(引退したブルーカラーのみなさま)が多いという事情もあり、ずっと立ちんぼで飲むのがツライのだ。立ち飲みもあることはあるんだけど、ほとんど夕方からで、平日のリーマン狙いなんだよね。
錦糸町・駅ビル通り
じゃ、どこで飲むのってチョイスしたのが今回の店「丸源 新店」である。唯一と言っていい昼間立ち飲み屋なんだな。
場所は一回錦糸町に戻って西にある駅ビル通りに入る。真っ直ぐ行くと職安がある通りだね。ここは夜になると、通りの入り口で野良エグザエルといったお兄ちゃん方が客引きしている。この辺りは闇市の頃の区画が、あまり変わらずに続いているブロックでもある。
錦糸町・丸源新店
そこを一本目を左に曲がると見える鮮やかな赤が目立つ看板の店が「丸源新店」。
「そば・うどん」って看板は何?って疑問は当然出てくるだろうが、実はこの店、一階が立ち飲み兼そば・うどん立ち食いの「丸源 新店」で、二階が居酒屋の「手造り 丸源」(昼間は定食を出す)ってことになっているらしい。しかし、入ってみて分かったけど、一階はほぼ立ち飲みになっちゃってて、そば・うどんは一階で食券を買って、二階で食うっていう、なんだか一見さんにゃ分からないだろって感じになっていた。チトややこしい。
錦糸町・丸源店内
というわけでご入店。お、おとっつぁんしかいねえええええええ。そして、色が見事にねえええええええ。店内で俺だけグリーンンンンンンン。
とお約束をしつつ、ポジション(丸テーブル)に着く。なお、店内はコの字テーブルと丸テーブルに分かれている。コの字テーブルは常連が多いようだ。そっちはほぼ競馬客だね。
丸源・ホッピー
と、何故かナカナカ注文を取りにこない。注文を取るのはみな中華系(どうも厨房内も仕切り以外はそうのようだ)の女性なんだけど、どういうわけか水商売で食っていけるような容姿の方ばかりである。ようやく来たのでホッピーとハムカツをたのむと(前払いだ)、大陸スルド目のややキツイ口調で言われるので、M方面で来ているオッサンも居るのではないかとか思っちゃったりして。どうも奥のオッサンスペースを見ていると、常連には少し当りが柔らかくなるようだ。ツンデレか。ここは店の個性として称揚したい辺りである。
とか、どうしようもないことを考えつつ、やってきたホッピーをグビリと。それにしてもナカ少ないな。追加でどうにかせいっつーことか。
丸源・ハムカツ
注文を待ちながら店内を見ていると、以外に客の入れ替わりは早い。駅に近いってのもあるんだろうけど、ガチガチのコの字テーブルとは対照的に丸テーブルはつまみ一つに飲み物一杯でとっとと帰るオッサンが多い。ナカナカハードボイルドである。
待望のハムカツはロースハムにチーズと大葉がはさまれているというワザモノ。ソースをシッカリかけて食べると、見事に酒が進む。調味料もイロイロあってありがたい。
丸源・調味料
ここでナカを追加して、串物をたのんでみたが、コレはイマイチ。
壁の品書きを見つつウームと考えていると、横のオッサンの食ってるキスの天ぷらがシシトウが付いたちゃんとしたものなのでビックリ。立ち飲みっだっつーのに。そういやここは「そば・うどん」の店でもあったんだな。なるほど。
ということで、真似っ子しない手はないので、イカ天を注文する。値段は300円。
丸源・イカ天
やってきた天ぷらは当然のように美味い。大根おろしにおろし生姜もしっかりと付いて来る。なるほど、ここは天ぷらを中心に揚げたものをツマミに飲むのが一番良いようである。ハムカツ、キス、イカ、アナゴって揚げ物ジェットストリームアタックしても900円(ちなみにエビ天は400円、アナゴ一本揚げ450円)。で、チューハイ・サワー系が250円なんで、せんべろとまではイカないんだが、オッサンが引きも切らずってのは当然っちゃー当然だ。年金生活者にも優しい。バスターミナルと駅の間近なんで、足がフラついても大丈夫だ。
丸源・看板
と、天ぷらとともにホッピーのグラスの底も見えたので、程よい感じで店を出る。
実はここ平日の夜に来ようかと思っていたんだけど、競馬開催日の休日に来て正解だったようである。平日だったらリーマン中心で、ここまでらくだ色な感じじゃなかっただろう。高度成長期ブルーカラーの残り香と言うかね。そういう意味では錦糸町らしさが見事に出た店と言える。
このフリチンでベロベロの北島三郎が「おやじの背中」歌っているような雰囲気は、今後レゲエ・ヒップホップ色が強くなって行くだろうこの街じゃ、消えていくようなものなのかもしれないが、その前に良かったというべきなのかな。
※上の画像、手前の看板は二階の店のもので、奥の「そば・うどん」が一階の看板です(飲み屋っぽい方を撮ってしまった)。

丸源 新店
住所:東京都墨田区江東橋3-12-1
電話:03-3632-4996
営業時間:平日は11:00~15:00 17:00~22:00(L.O.21:30)、休日は11:00~15:00 17:00~22:00(L.O.21:30)
定休日:祝日

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正規軍に偽装したWEBゲリラ屋。ゲバラよりはカミロ・シエンフェゴスって思うけどヨタヨタのカストロに一番感情移入してしまったり。

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