上野・谷中( 谷根千)「喫茶・愛玉子」 贋作御馳走帖

9月 17, 2011 1 Comment by

今回紹介する「愛玉子(オーギョーチー)」の名はなんとなく子供の頃に家族から聞かされたような記憶があるが、はっきりと認識したのは多分こち亀だと思う。
『こちら葛飾区亀有公園前派出所』第64巻。この巻は前半が特別編として下町散歩シリーズとなっており、両さんが下谷の派出所に“飛ばされる”話が続く。その第4話、[帰郷編]の最初のページに「愛玉子(オーギョーチー)」が登場するのだ。
「愛玉子3個おみやげにして!」というセリフの後に何か古い中華屋っぽい店舗と、その「愛玉子」とかいうものが浮かぶ、くずきり系の和菓子が入っているようなパックの絵がある。
当然だけど、この食い物はなんだと気になった。しかし、漫画ということでイマイチ現実感が薄いし、両さんが食うもんだからと何か怪しげなイメージを持ってしまったのか、食ってみたいなという気にはならなかったんだな。で、そのまま頭の隅へ。
それにしても、この頃のこち亀は良かったよね…。
こち亀64巻・愛玉子登場シーン
そして、その数年後に読んだ池波正太郎の『銀座日記(全) 』に愛玉子が登場し、これは食わねばならぬという気分に変わるわけである。

道を歩いているとB社の女性編集者に声をかけられたので、谷中警察署のとなりの店で、むかしなつかしい〔愛玉只(オーギョーチー)〕を食べる。
〔オーギョーチー〕は台湾特産の蔓茎植物で、これを寒天のようにして、独特のシロップをかけて食べる。
私が子供のころは、浅草六区の松竹座の横町にあった店で、よく食べたものだが、いまは、この店だけだ。ほんとうに五十年ぶりで〔オーギョーチー〕を食べたことになる。
「どうだ、うまいかい?」
尋ねると、女性編集者は、
「とても、おいしいです」
と、いう。おせじではないらしい。
私も、むかしの風味が少しも損なわれていないようにおもった。

という文章を読んで、あぁそうか両さんベースで考えちゃったけど、怪しげなものじゃないんだなと。そういう失礼な先入観を払拭する意味でもこれは食べておかないと駄目だろうということで、愛玉子だけのためにワザワザ谷中まで足を運んじゃったのだ。当時ネットは全く普及していなかったので、かなり当てずっぽうで行って迷った記憶がある。
んな感じで、後で説明するような内容に満足し、年に一回程度の頻度で訪れたり、訪れなかったりということになって今に至ると。そして今回から、そこらで食べたものを適当に紹介するシリーズを始めるに当たって(喫茶なのにカフェブックマークじゃないのは食べ物メインだから)、何か面白い食い物はなかったかなと考えて浮かんできたのはこの「愛玉子(オーギョーチー)」だったわけだ。
愛玉子
愛玉子は池波正太郎が書いているように台湾のみに自生するつる性植物(イチジク属)で、それ自体とその果実の中の胡麻粒ほどの種子から作られる寒天状のデザートを指す名称。
種子の中にはハウスのフルーチェでもお馴染みのペクチンが大量に含まれており、水にさらしてやわらかくしたものを布の袋に入れて水の中で揉むとペクチンが溶け出て行く。それを常温で二時間ほど放置すると寒天のような愛玉子が出来上がり、それにシロップやらをかけて食べる。ゼリーっぽいものではあるが、カロリーは米と余り変わらず、台湾原住民の人達は主食同様といった感じで常食していたそうだ(そのままでも食べることができるようだ)。
説明するまでも無く、台湾はかつて“日本”だった島である。池波正太郎が浅草の祖父に預けられるカタチで小学校に通っていたのは昭和4年(1929年)から昭和10年(1935年)。台湾では霧社事件があり、その反省から理蕃(撫育)から同化(皇民化)への転換とそれを補強する農業援助という抜本的な改革が行われ、愛玉子の原産地が急速に“安定化”していった時期にあたる。そういう感じで“日本”本土に多く供給されるようになり、東京で愛玉子を出す甘味処が増えていったと。
愛玉子は日本の台湾統治という歴史を背負った、一応スイーツに分類されはするけれど「甘くはない」食べ物なのだ。いや甘いんだけどさ。
谷中天王寺五重塔
というわけで、店に向かうんだが、谷中の説明は上野の山と本郷台地の間の谷間だから谷中なんだよって辺りで以上。っていうか谷中は歴史が重すぎて谷中墓地に埋まってる人達を紹介してるだけで終わっちゃうのだ。ズンズン先に進むよ。とりあえず、不倫心中で燃えちゃった谷中天王寺五重塔の写真だけ。
谷根千・カバヤ珈琲
自転車で湯島駅の交差点から出発。不忍通りを北へ向かい、根津一丁目交差点を右に曲がる。そして言問通りを坂を上がり下がりすると、昭和13年創業のカバヤ珈琲(上野桜木交差点)が見えてくる。そこを左に曲がるとすぐ喫茶・愛玉子がある。歩きで来る人は上野駅公園口から東京芸大へ向かい桃林堂菓子店の横の道を真っ直ぐに来るというのが分かりやすいと思う。
余談だが、この芸大裏の辺りは戦前何故かお妾さんが集まっていてお妾横丁と呼ばれていたそうである。
喫茶・愛玉子
喫茶・愛玉子は昭和9年(1934年)の創業。ちょうど上で説明した“安定化”の時期だね。歌手の藤山一郎、作家で作詞家のサトウハチロー、画家の東山魁夷なんかが常連で、店の名前も藤山一郎が付けたという話だが、そのまんまなんで実際どうなのかは不明。ともかく、創業当時から文人墨客、近くの芸大生に愛されていた店であったと。
店のたたずまいはそのころからほとんど変わっていないらしい。看板のフォントとそれにふられたカタカナのオーギョーチーが味あっていいね。

店の戸をガラリと開けて入り、店の奥の厨房にいる店主夫婦に挨拶して左端の席に着く。いつもそうだがここは店に入るというよりも、人のお家にお邪魔する感覚が強い。ちなみに他に客は居ない。というか店内の写真も撮らせてもらえればと、迷惑のかからないような時間を狙って来たのだ。
ちょっとけだるい感じで厨房から出てきた店主夫人に愛玉子を注文。そして店内を撮影させてもらえないかお願いする。すると、商品の愛玉子はいいが店内はちょっとというお答え。うーむ。残念だが仕方がない。しっかり店内の様子を目に焼き付けるようにしよう。
愛玉子
よし!と気合を入れて店内を~と思ったら、あっという間に注文の愛玉子が来たんで、とりあえず先に食べる。レモンシロップの中に浮かぶ愛玉子を口に入れてみると、感触はゼリーよりは固め、寒天よりは軟らかめという感じ。無味無臭というが若干の漢方臭があるような気がするんだけど、肝臓に効くとか言われるのはこの辺がなのかな。それがいいのか後味が非常にサッパリしていておいしい。

こんな風に、いつもとは違いゆっくりと味やらを確認しつつ食べていると、店主夫人が近くに来て
「さっきは断わったけど、(写真を撮らせて欲しいと)わざわざ言ってくれたから良いですよ。」
と、撮影を許可してくれた。おお!と感謝すると
「最近何も言わずに店の中をパシャパシャする人が多くてねえ。」
と嘆息交じりにおっしゃる。

戦火と大きな開発を免れて古い民家やお寺が多く残る谷中は、最近じゃあ千駄木・根津と合わせ「谷根千」と呼ばれ、現在の下町散歩ブームの中で一、二を争う人気コースとなっている。特に日曜祝日などはそういう系統の雑誌や本に触発された大学生やリタイヤミドル集団など(特に後者のマナーがヒドイ)が大量にやってきて、あちこちでパシャパシャとやるという街になってしまっている(愛玉子限定だとオダギリジョー主演の映画『転々』に出てくる店のモデルになったというのもあるらしい)。
確かにそれで地元にお金が落ちるようになった部分はあるかもしれないが、昔から変わらぬスタンスで営業をしているお店では迷惑もあるのではないかと思って、それなりに配慮しつつやって来たんだけど、案の定だったわけだ。
自分も迷惑になりそうな店舗では断わったり、混んでない時を狙って何度かに分けて訪問したりしているが、気をつけにゃイカンね。
喫茶・愛玉子のボックス席
というわけで、店内を手早く撮影させてもらう。外観もそうだが、店の中も創業からほとんど変わっていないんじゃないかというレトロっていうレベルじゃねえぞ状態。入って右手にあるボックス席は戦前からのものらしい。今まで何人が腰掛けたのやら。
喫茶・愛玉子の壁メニュー
愛玉子はプレーンなものだけではなく、氷がかかった氷愛玉子やアイスを乗せたクリーム愛玉子、そしてそれを組み合わせた氷クリームチー(どうも常連などは”チー”と略して言うようだ)など、バリエーションは結構ある。シロップにブランデーやワインを混ぜたのもあったりして。当然「喫茶」と付いてるのでコーヒーなどの通常メニューも。たのんだこと無いけど。
今回初めてビールと清酒も出しているというのを知った。愛玉子をツマミに酒を飲むのか?それとも戦前のカフェー文化の名残だろうか。
喫茶・愛玉子の厨房カウンター
厨房につながるカウンター窓の上には彫刻やらがいくつか並んでいる。「中原悌二郎」は確か大正時代に活躍した彫刻家だな。他の壁などに絵も結構あるけど、この辺は芸大関係者とかの寄付かな。
そして「お土産用オーギョーチーあります」の張り紙とこち亀でみたあのパックが。間から見える厨房の方に昔懐かしい感じのカキ氷器も見えるね。
愛玉子説明
それにしても、ここの書き文字はちょっと独特で、それがこの店に漂う下町のゆるい雰囲気を高めている部分があるように思う。最近商業的昭和レトロといった店が結構増えているが、こういう天然の雰囲気はそう簡単には出せないんである。
喫茶・愛玉子の椅子とテーブル
天井の扇風機がまたすばらしいね。
喫茶・愛玉子の天井扇風機
ってな感じでパパッと撮影を済まし、もう一度感謝の言葉を述べつつ代金を払う。店の外に出ると、何か映画を見終わって劇場を出たときのような違和感がある。映画館を出ても、しばらく映画世界を引きずってしまうのと同様に、店を出ても喫茶・愛玉子店内の強力なレトロ世界を引きずってしまうのだ。映画のモデルにもなるわな。
自分が始めてこの店に来たときには幻の味みたいな感じで、他じゃまず食べられなかったんだけど、今じゃネットで愛玉子の缶詰が手に入っちゃうんだよね。なんかバーミヤンでも出すらしいし。
しかし、愛玉子はこの店じゃないと本当の味は分からないんじゃないかというのは、今回の流れでなんとなく理解してもらえたと思う。谷中を来る機会があるときは是非「喫茶・愛玉子」を訪れて欲しい。
ただ、そのときの写真撮影はくれぐれも気をつけてね。
喫茶・愛玉子の看板
喫茶・愛玉子
東京都台東区上野桜木2-11-8
電話:03-3821-5375
定休日:不定休
営業時間:10:00~18:00(売り切れ次第閉店)
最寄り駅:JR上野駅・JR鶯谷駅・JR日暮里駅・メトロ根津駅

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正規軍に偽装したWEBゲリラ屋。ゲバラよりはカミロ・シエンフェゴスって思うけどヨタヨタのカストロに一番感情移入してしまったり。

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1件のコメント to “上野・谷中( 谷根千)「喫茶・愛玉子」 贋作御馳走帖”

  1. 【今日の歴史】1957年7月6日の事【文化財放火事件】 | 今日の出来事SP says:

    […] Written by badboys on 7月 6th, 20157月 5th, 2015. 谷中天王寺五重塔出典:www.gonzoshouts.com […]

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