石井あゆみ『信長協奏曲』 戦国の小栗旬

かつてタイムスリップは漢(おとこ)のものであった。胸毛丸出しで猿ども相手に孤軍奮闘したり、長尾景虎とフンドシ一丁で熱く語り合うようなものであった。ところが「時をかける少女」以降、タイムスリップは思春期的なややこしい心情を解決させるだけの通過儀礼みたいなもんに成り下がってしまい、汗臭いタイムスリップを好む自分としては何か餓えのようなものがあったんである。
そういう状態なところに「高校生が戦国時代にタイムスリップして信長に」「織田信長を新解釈で描く」「あだち充・高橋留美子が絶賛!」なんていうコピーを見たら、読まなければ!っていう気分になるのも当然なわけだ。ってことで、既巻を全て買ってきて、ビルドゥングスロマン的な展開もありつつの熱い物語を期待して読み始めたんだけど~

~あれっ、全然熱くない。っていうか、タイムスリップする主人公が主体性の無い感じの天然で、男からするとドウでもいい感じが小栗旬みたいじゃね。というか、これって典型的な女性が描くところの「性のニオイがしない男」じゃん。こりゃあ買って失敗したかなと思ったんだけど、どういうわけかスルスルと読めて結局買った分一気に読んじゃったりして。
主人公・サブロー
てなわけで、読み終わってから何で主人公がドウでもいいにも関わらず、既巻を最後まで読むことができたのかってのを考えてみたんだけど、この作品って一寸分かりづらいけど、サンデーの黄金パターンそのまんまなんじゃないかなと思ったわけ。あだち充の『タッチ』なんて典型的だけど、主人公の達也は本人の意思じゃなくて幼馴染に「甲子園に連れてって」って言われたから野球始めるっていう、主体が“女性”によって支えられているっていう村上春樹作品なんかによくある構造。『うる星やつら』も諸星あたるが主人公なのはヒロインであるラムが惚れているからってのも同じ。あだち充、高橋留美子が絶賛してるってのは、そういうことなんじゃなかろうかと。
帰蝶
いや、ちょっと待て。信長になる主人公は「(一緒にタイムスリップした)歴史の教科書にそう書いてあるから」とズルっと天下統一を進めていくんだけど、『タッチ』と違ってそういう意思を裏打ちしてくれる女性がいないんだ。一応居るといった感じの正室の帰蝶や妹のお市はそういうものに余りコミットはせず、実際それを支えているのは家臣や周辺の武将達だったり。例えば今川義元に雇われている間者として木下藤吉郎っていう、どっかで聞いたような名前の奴が登場するんだが、こいつは桶狭間で討たれた主君(今川義元)の復讐を果たすべく、強い意志を持って織田家の中で出世して機会を得ようとするわけ。そういう主人公に向かう色々なベクトルの意思に支えられて「信長」になっていくと。
もしかして、これって全員男ってだけで物語の構造は樹なつみの『花咲ける青少年』みたいな逆ハーレムものじゃね?美人だったり、可愛かったりするけれど、よく考えてみると何処に魅力があるんだという正直どうでもいいヒロイン(すまん)を周りが寄って集ってチヤホヤしてくれて、主体なんてなくても誰かが引き受けてくれるというような話と同じじゃねえかと。逆ハーレムヒロイン「信長」の物語。
“藤吉郎”
戦後日本じゃ“男”であることに根拠がなくなり、村上春樹よろしくメンドくさい女性の内面を引き受けたりして物語を成り立たせたりしたわけだけど、とうとう少年漫画として引き受けるとか引き受けないという主体性の問題とは関係ない場所にいる主人公が登場したというわけだ。エヴァのシンジくん以上だぜ!困ったことに、それとは関係なく構成が良くできていて結構面白いのがなんとも。

ただ、やっぱり自分はこの物語の中だと、信長より藤吉郎の方に興味を持っちゃうんだよね。別にフンドシ一丁で語り合いたくはないけどもさ。でも、藤吉郎の描かれ方醜いんだよ。信長は小栗旬なのにね。戦国時代ものなのに戦闘シーンとかばっさりカットされちゃってるし。そういう意味では、情念みたいなもんを含めて、キレイなものしか見たくないというマリー・アントワネット的女性生理がよく出た作品って言えるだろうね。
そういう作品が少女漫画ではなく、少年漫画として人気が出たって辺りがこの作品の新しさなのかもなぁ。つーわけで、汗臭くないボーダーレスな時代へようこそ。
サブロー・信長
※小栗旬氏の出演する作品はビタ一文見たことがなく、勝手なイメージであることを謝罪致します。

追記(2014年10月14日)
ナンカ小栗旬氏でドラマが始まってしまったようですが、書いた当時はホントにこうなるとは思っていませんでしたので、やや困惑しております。

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