ヤマザキマリ 『テルマエ・ロマエ』 力の源はテルマエにあり

5月 04, 2011 No Comments by

街をウロウロするのが主な仕事だった頃、杉浦日向子の銭湯研究(路上観察学)に思いっきり影響されて目に付いた銭湯になんとなしに入ってみるというのをやってみていたことがあるんですよ。
それで何度か入ってみると「あぁ、銭湯というのは世話焼きで親切な年寄がいないと成立しないものなんだ。」ってのが分かって来るんですね。地元密着型の銭湯には大概ローカルルールのようなものがありまして、初めて入りに来た人間は番台か常連の説明が無いとその辺が全然分からないんで、全く「入浴」というのをエンジョイ出来ずに退場ということになるんです。エンジョイ出来ないならまだ良い方で、当時自分が長髪ガリガリでノーフューチャー感あふれる風貌だったこともあるかとは思いますが、常連の年寄からあからさまないやがらせを受けたり、嫌味を言われるなんてことがちょいちょいあるわけです。下手になっていろいろと聞けばいいんだけど、それ程人間のできてない若者であった自分は当然ながら行かなくなっちゃったんですね。
すでにバブルは崩壊気味だったと思いますが、地価上昇から地上げという流れで都市部の地域社会はそれなりにダメージを受けていたわけで、それは上部構造である年寄が若者の世話をすることができないという辺りで現れていたわけです。今の年寄は社会の面倒になることばかり考えていますが、昔の年寄は地域社会の世話をキッチリしていたんですよね。銭湯減少に関して最近いろいろとニュースになったりするのを見たりしますが、新たな客を増やすという視点ばかりで地域社会とそれに伴う年寄の劣化に目を向けた内容は余り無くてちと残念に思います。

2010年漫画大賞受賞の『テルマエ・ロマエ』は古代ローマの生真面目すぎる浴場設計士のルシウスが現代日本の銭湯や温泉に何故かタイムスリップ。日本の風呂文化にカルチャーショックを受けつつも、それを古代ローマに持ち帰るという話なんですが、自分の銭湯経験に比べるとルシウスはずいぶん良いところにスリップしてるじゃないかと思っちゃいましたよ。まぁそれも当然で「平たい顔族」が世話焼きで親切じゃないと物語が成立しないっていうか、多分素っ裸のルシウスが毎回逮捕されて終わるっていうパターンになっちゃいますしね。
それとルシウスが生真面目過ぎるって辺りがキモなんでしょう。何度スリップしてもスレずにショックを受けたり、感動したりと。読者である「平たい顔族」サイドとしてもいい気分になりますし。ルキウスとは逆の立場で新鮮な気分で自分たちの文化を見直しつつ、キリスト教以前のヨーロッパ文化との共通性を楽しんだりと。ただ、三巻で餃子をたもとにしまったり、KYOTOどすえTシャツ着たりするルシウスを見て、お前少し慣れすぎじゃないかとちょっと思っちゃいましたけど。

ルシウスの生きているハドリアヌス帝の頃は『ローマ帝国衰亡史』の作者であるエドワード・ギボンに「人類史上最も幸福な時代」と評された時代ですが、同時にローマ帝国にとって転換期でもありました。ハドリアヌスは前帝のトラヤヌスの積極外征から広大な領土の現実的な統治という方向に転換した皇帝なんですが、次帝のピウスはそれを内向きで対外的には消極策という形で引き継ぎ、漫画にも出てくるマルクスは後にえらい苦労をすることとなるわけです。その後ローマ帝国は滅びるまで一部例外的な皇帝やなんかを除き、蛮族に対してず~とパッとしない感じになります。
ローマ帝国が衰退していく理由には、そういう流れの中での「産業・軍事の空洞化」とか「快適な生活からの少子化」とか、日本からすると余り他人事じゃないようなことが言われたりしますが、その辺も物語の中に多少目配せしてあって、ここからローマ帝国に興味を持って塩野七生おばさんに手を出す人なんてのもいるんじゃないですかね。さらに、ややこしい性格のハドリアヌスを理解しようとマルグリット・ユルスナールの『ハドリアヌス帝の回想』を読んでみるとか。当たり前ですが、歴史に名を残している人なんでキャラが勝手に立ってるんで、そういうキャラクターものとして見ることもできるかと。

何か自分の思い出から入ってあっちこっちに行きましたが、単純にギャグものとしても楽しめるけど、こんな感じで噛んでも味が出てくるって辺りがこの作品の魅力と言って良いでしょう。手軽に読むもよし、濃く読むもよし。
現在、映画の撮影も進んでいるそうで、ルシウス役が阿部寛ってのは天本英世の弟子なんで特に心配していませんが、みなさんと同じように上戸綾ってのには非常に心配しております。

さて最後に、上で銭湯行かなくなっちゃったって書いてますが、流石に銭湯は数が減ったんであれですが、ちょこちょこと公衆浴場的なもの(健康センターみたいな)にはよく行ってます。大いにエンジョイしておりますが、あれから更に年寄の劣化は進んでおりまして、早い時間に行ったりするとやっぱり意地の悪いのが居たりするわけです(サウナ出た後に水浴びないのも年寄が多いんだこれが)。まぁこちらもコスくなったんで受け流せる程度にはなりましたけど。
意識改革ってことで、休憩室にこの本を置いてラムネやフルーツ牛乳を飲みながら読んでもらうのはどうかなんて考えたりします。ちょっとは漫画の中のローマ人や「平たい顔族」のように一緒に入浴をエンジョイできるようになるんじゃないですかね。

 

 

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正規軍に偽装したWEBゲリラ屋。ゲバラよりはカミロ・シエンフェゴスって思うけどヨタヨタのカストロに一番感情移入してしまったり。

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